【コラム】手書き配球表とアナリストの迷い

最近、「配球表」というキーワードでの検索でこのウェブサイトに辿り着く人が多いようです。

どんな情報を求めてご覧くださっているのかはわかりませんが、ちょうど月刊トレーニング・ジャーナル5月号の連載の中でも、この配球表について取り上げたところでした。この記事では、私自身がソフトボールチームのアナリストを務めた時に感じた疑問について、ソフトボール日本代表アナリストの大田穂先生(順天堂大学スポーツ健康科学部)のお考えを伺っています。

中でも特に尋ねてみたかったことが、「自分の判断によって記録するデータについて、判断に自信が持てないことがあったらどう考えていたか。」ということです。

手書きの配球表の一例

例えば多くのチームのアナリストが試合中に手書きで記録している配球表(上の画像)です。通常、球場ではバックネット裏のスタンドに座って記録しますが、どうしても角度をつけてグラウンドを見下ろす形になりますし、ピッチャーとキャッチャーを結んだ線上の見やすい席に必ず座れる訳ではありません。そうすると、キャッチャーが捕球した位置を肉眼で見て正確に記録することは難しい場合があります。ある球場ではバックネット裏にスタンドがなく、ほぼ真横から見て記録していたこともあるくらいです。

この位置に座って記録しないといけない球場もありました

もう1つがピッチャーの投げる「球種」の判断です。最近ではメジャーリーグやプロ野球の試合をテレビで見ていると、1球ごとに画面上に「ストレート」「スライダー」などと球種を表示してくれますが、これは一体誰が判断しているのかなということに興味があります。球速や変化の具合からほぼ明確に判断できることもあれば、紛らわしくて判別のつかない球もあるでしょう。ともあれ、実際に投げようとした球種は、サインを出したキャッチャーと投げたピッチャーだけが知っているわけですし、しかもそれが「思い通り」の軌道だったのかどうかは、まさにピッチャーのみぞ知ることでしょう。

また事前情報で「このピッチャーはたくさんの球種を投げ分けることができる」と聞いていると、記録する時の選択肢が増えてしまって、ほとんど同じような軌道の球でも判断を迷いに迷ってしまう、そんな経験も私には多々ありました。つまり、情報を整理すべきアナリストが一番惑わされている、ということもになりかねません。

ちなみにここまで「手書きの配球表」で話をしていますが、たとえコンピュータで入力するパフォーマンス分析ソフトウェアだったとしても、人が判断してキーを押したりボタンをクリックしたりする場合は、この問題が常についてまわることになります*。

少し飛躍しますが、最先端のトラッキングシステムが「自動判別」しているとしても、投げたピッチャーが「俺はそんな球種投げたことない」ということもあるのではないでしょうか。解釈する側が自分でどんどん話を膨らませて迷っていく…なんだか、仕事の際にも経験したようなことです。

*スポーツパフォーマンス分析入門(大修館書店)41ページ「質的データの量的分析」参照

今回の記事の大田先生のご回答は、そうした場合の考え方について一つの方向を示してくださっています。配球表をつける上で、ぜひ知っておいてもらいたいと思います。

スポーツパフォーマンス分析は「テクノロジー」だけでも「統計」だけでもなく、そこにコミュニケーションや感情といった「人間らしさ」の部分が入ってくることも、この世界の魅力ではないかと私は思うのですが、皆さんはいかがでしょうか。ご興味を持ってくださったら、ぜひご一読ください。

月刊トレーニング・ジャーナル2022年5月号(ブックハウス・エイチディ)

(橘 肇/橘図書教材)