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【コラム】2002年秋、秩父宮ラグビー場にて

2002年秋のある日、私は関東大学ラグビー対抗戦グループの試合をスタンドで見ていました。

(写真はイメージです)

残り時間はあとわずか、大差をつけられて敗色濃厚になった方のチームが、1人のバックスの選手を交代出場させました。数分後、相手ゴール前の密集から勢いよく飛び出したその選手が、ゴールの中央に飛び込んでトライを挙げたのです。その瞬間、何とも言えない嬉しさがこみ上げてきたことを、私は今も明瞭に覚えています。

その年の6月、2年間の売り込みが実り、ある大学のラグビー部が私の営業していたゲームパフォーマンス分析ソフトウェアを採用してくれました。3年間で2校目の大学ラグビーへの導入でした。納入のために大学を訪れた日、分析担当として監督から紹介されたのは、1人の4年生部員でした。

部員の多い大学ラグビー部では、通常、レギュラークラスのAチームから、B、C、Dという順にチームが分かれています。当時彼が所属していたのは、BもしくはCチームだったと記憶しています。チームで初めての分析担当という役割を与えられた彼は、ソフトウェアの習得に熱心に取り組んでくれました。まだユーザーの数が少なかった頃、何としても成果を上げてもらいたい私も何度となく寮を訪れ、電話で質問を受けていたものです。

そうして迎えた最後の公式戦シーズン。彼は分析担当として監督からも認められる成果を上げただけでなく、なんと自身もAチームの座を勝ち取りました。冒頭に紹介した試合、途中出場してトライを決めたのは彼だったのです。

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今月10日発売の「月刊トレーニング・ジャーナル」4月号の連載記事はこんな書き出しで始めてみました。テーマは「スポーツパフォーマンス分析を行うのは『誰』なのか」。よかったら、読んでくださると幸いです。

(橘図書教材/橘 肇)